純愛を踏みにじられた俺の物語。元幼馴染は後悔と絶望、間男は破滅。これが因果応報。

第3話

俺の名前はタカシ。まあ、世間的には成功者と言われる部類だろう。それなりの会社に勤めて、それなりのポジションについている。見た目も悪くないし、話術もある方だ。女なんて、望めばいくらでも手に入る。家庭もある。完璧とは言わないが、十分に満たされた人生を送っている、と思っていた。

あの日、会社のオフィスで、俺はミユキを見かけた。特に美人というわけではない。ありふれた、地味な女に見えた。でも、その中に、何か退屈そうな、物足りなさを抱えているような気配を感じたんだ。それは、獲物を見つけたときの猟犬のような感覚だった。手に入れるのは簡単そうだ、と思った。

彼女には、ハルという幼馴染の恋人がいると聞いた。へえ、幼馴染ね。それはまた、牧歌的で結構なことだ。俺にとって、ハルの存在は、壁にかかった風景写真のようなものだった。そこに存在しているのは分かっているが、俺の現実には何の影響も及ぼさない。ミユキとハルの関係なんて、どうでもよかった。俺が欲しいのは、ミユキという女だ。彼女の中に隠されている、まだ見ぬ何かを引きずり出してやりたい。そういう、下世話な興味だけだった。

ミユキに近づくのは、さほど難しいことではなかった。少し褒めてやり、少し優しい言葉をかけてやるだけで、彼女は簡単に懐いてきた。ああ、単純な女だ、と思った。彼女が抱えているという「物足りなさ」は、まさに俺が利用できる隙間だった。ハルという男との、安定しているのかもしれないが、きっと退屈な日常から、俺が彼女を連れ出してやる。そう考えたとき、ほんの少しだけ、優越感のようなものが胸に広がった。

メッセージのやり取りが始まり、すぐに二人で会うようになった。ミユキは、俺の前では、ハルの前で見せる顔とは違う顔を見せた。少し背伸びをして、知らない世界のことを知っているふりをした。それが、また面白かった。純粋なのか、それともただの馬鹿なのか。どちらにしても、手の上で転がしやすい女だった。

あの夜、俺はミユキを手に入れた。罪悪感? そんなものは、俺の辞書には載っていない。ハルという男から彼女を「寝取った」? いや、違う。俺はただ、俺が欲しいと思ったものを手に入れただけだ。彼女が勝手に俺に靡いただけだ。それは、棚の上に置いてあるビスケットを取るのと同じくらい、簡単な行為だった。ハルという男が存在することも、ミユキが彼とどれだけ長い時間を過ごしてきたかも、俺にとっては全く重要ではなかった。取るに足らないことだった。

ミユキとの関係は続いた。彼女は俺に夢中になっているようだった。でも、俺にとっては、それは単なる気晴らしだった。仕事のストレスを解消するための、便利な道具だった。彼女が俺に依存しているのが分かったが、それもまた、俺の自尊心を満たすものだった。彼女の抱える罪悪感や苦悩なんて、知ったことか。それは彼女自身の問題だ。

ある日、少し厄介なことになった。会社の不正に関わってしまったのだ。まあ、よくあることだ。うまく立ち回れば、責任を逃れることくらい簡単だと思っていた。俺は、いつでも自分の能力を過信していた。

異変に気づいたのは、会社の人間が、俺を見る目が変わってきたときだった。そして、決定的な出来事が起こった。不正の情報が、社内外にリークされたのだ。誰が? なぜ? 最初は混乱した。すぐに、矛先が俺に向けられていることに気づいた。

まるで、足元を突然、大きな落とし穴に吸い込まれたようだった。あれよあれよという間に、状況は悪化していった。会社からの尋問、マスコミの報道、世間からの非難。俺の築き上げてきたものが、音を立てて崩れ去っていく。止めようとしても、指の間から砂がこぼれ落ちるように、何もかもが手から滑り落ちていく。

妻からは、離婚を突きつけられた。子供とも会えなくなった。当然だ。俺は、家庭すらも自分の道具の一つだと思っていたのかもしれない。彼らの苦しみなんて、その時の俺には理解できなかった。ただ、自分が全てを失っていく、という事実だけが、容赦なく俺を打ちのめした。

住む場所を失い、金も底をつき始めたとき、ようやく俺は自分が「地獄」と呼ばれる場所にいることを認識し始めた。かつての知人は、潮が引くように離れていった。誰も助けてくれない。当たり前だ。俺は、誰かに助けてもらうほどの人間じゃなかったのだ。俺が、他人を道具として見てきたように、俺もまた、使い捨てられるべき存在だったのだ。

その頃、ふと、ミユキのことを思い出した。彼女はどうしているだろうか。俺の破滅を知って、何を思っているだろうか。少しだけ、好奇心が湧いた。連絡してみようかとも思ったが、結局やめた。もう、彼女に何かを期待する気持ちも、利用しようとする気持ちも、起きなかった。彼女も、俺というフィルターを通して、自分が間違ったものを選んでしまったことに気づいたかもしれない。それは、彼女にとっての「因果応報」だろう。そして、俺がこうなったのは、誰かの「ざまぁ」なのかもしれない。そんな、冷たい思考が頭をよぎった。

後になって、俺を破滅に追いやったのが、ハルという男かもしれない、という噂を耳にした。あの、牧歌的な風景写真のような男が? 信じられなかった。だが、思い返せば、彼の存在は、いつもミユキの背景に、静かに存在していた。もしかすると、俺は、取るに足らないと思っていた存在に、とんでもない落とし穴を掘られていたのかもしれない。その可能性に気づいたとき、背筋に冷たいものが走った。

今、俺は、誰もいない、汚いアパートの一室にいる。窓の外は、灰色一色だ。かつて手に入れてきたもの全てが、幻だったかのように消え去った。俺に残されたのは、何もかもを失った、という絶望だけだ。後悔? 微かにあるのかもしれない。あの時、ミユキに手を出さなければ。あの不正に関わらなければ。でも、それは、もはや意味のない思考だ。

煉瓦でできた壁のように、重く、冷たい現実だけが、俺を閉じ込めている。俺が、かつて他人に対して行ってきたことが、そのまま自分に返ってきた。因果応報。まさにその通りだ。ミユキは後悔し、俺は絶望している。そして、ハルは、おそらく、どこかで静かにその光景を見ているのだろう。俺たちの物語は、それぞれの地獄で、それぞれの終わりを迎えたのだ。二度と、あの頃の偽りの栄光に戻ることはない。永遠に続く、絶望という名の雨が、俺の心を打ち続けていた。