君が隣で喘いだ日、僕の世界は音を立てて終わった。だから全部、壊してあげる

第7話 サイドストーリー:罰と独白

私の世界から、色が消えた。
奏が私の前からいなくなった本当の理由を知ったあの日から、私の時間は灰色の絶望の中で止まってしまった。
アスファルトの上で泣き叫んだ私を、誰かが通報したのだろう。駆けつけた警察官に保護され、事情を聞かれたけれど、私は何も話せなかった。ただ、「ごめんなさい、ごめんなさい」と、壊れたレコードのように繰り返すだけだった。

結局、私は実家に強制的に連れ戻された。
両親は、私が突然仕事を辞め、部屋に引きこもるようになったのを、恋人が失踪したショックによる精神的な病だと思ったらしい。誰も、本当の理由を知らない。私が、愛する人を自らの手で絶望の淵に突き落とした、罪人だということを。

実家の自室。かつては夢と希望で彩られていたはずのこの部屋が、今は冷たい牢獄のようだ。カーテンを閉め切り、電気もつけず、ベッドの上で膝を抱えて一日を過ごす。食事も喉を通らない。無理に食べさせられようとすると、吐き気がこみ上げてくる。体重は見る影もなく落ち、鏡に映る自分は、まるで幽霊のようだった。

夜になると、決まって悪夢を見る。
寝室のドアの隙間から、冷たい瞳で私を見つめる奏の夢。彼の瞳には、何の感情も浮かんでいない。ただ、底なしの虚無が広がっているだけ。その瞳に見つめられると、私は金縛りにあったように動けなくなる。
そして、彼は何も言わずに、ふっと姿を消してしまう。
「待って!奏!行かないで!」
叫びながら目を覚ますと、そこはいつも暗く静まり返った自室で、私の頬を濡らしているのは汗と涙だけ。そのたびに、私は自分の犯した罪の重さを、改めて思い知らされるのだった。

ある日、母が心配そうに部屋に入ってきた。

「詩織、橘さんという方から、あなたに手紙が届いているわよ」

橘さん。奏の友人だと名乗っていた、あの人。
震える手で、その手紙を受け取った。そこには、私の心を完全に破壊する、最後の言葉が記されていた。

『奏はもう、君の前には二度と現れません。君がしたことを、彼は最初から知っていました。どうか、幸せに』

ああ、やっぱり。
薄々感づいてはいた。でも、どこかで信じたくなかった。橘さんは、私の最後の希望だったから。でも、その希望さえも、最初から存在しなかったのだ。
『どうか、幸せに』
その一文が、鋭利なガラスの破片のように、私の心をズタズタに引き裂いた。幸せになれるはずがない。幸せになってはいけない。奏がいないこの世界で、私が幸せになることなど、決して許されない。
この手紙は、奏からの、最後のメッセージなのだ。私に対する、永遠の呪いの言葉なのだ。

私は、その手紙を握りしめたまま、声を殺して泣いた。もう、大声で泣き叫ぶ気力さえ残っていなかった。

それからの私は、まるで生きる屍だった。
感情が、死んでしまった。嬉しいことも、楽しいことも、何も感じない。ただ、胸の奥に、鉛のような重い後悔が常に鎮座しているだけ。
時々、ふと街中で、奏によく似た後ろ姿を見かけることがある。そのたびに、心臓が凍りつくような感覚に襲われ、慌てて駆け寄ろうとする。でも、次の瞬間には気づくのだ。あれは奏じゃない。奏は、もうどこにもいない。私の手が届く場所には、もう二度と現れてくれない。
そのたびに、私は人目もはばからず、その場にうずくまって泣きたくなる衝動に駆られる。でも、もう涙さえ枯れ果ててしまった。

友人だった子たちからも、連絡は来なくなった。たまにSNSを開くと、みんな結婚したり、子供が生まれたりして、幸せそうな写真をアップしている。かつての私なら、素直に「おめでとう」と言えただろう。でも、今の私には、その光景が眩しすぎて、直視することさえできない。みんなが手に入れている当たり前の幸せを、私は自らの手で永久に失ってしまったのだ。

先日、風の噂で、皇玲さんがすべてを失って転落したと聞いた。会社をクビになり、複数の女性から訴えられ、莫大な借金を背負ったらしい。自業自得だと思った。でも、何の感情も湧かなかった。彼の不幸は、私の慰めには少しもならなかった。むしろ、彼の破滅さえも、奏の復讐計画の一部だったのではないかという恐ろしい考えが頭をよぎり、ただただ身がすくむだけだった。
奏は、私が想像していたよりもずっと、強くて、そして冷徹な人だったのだ。彼の深い愛情を裏切った時、私は、眠れる獅子を起こしてしまったのだ。

私は今、何をすべきなのだろう。
この罪を、どうやって償えばいいのだろう。
死んでしまえば楽になれるのかもしれない。そう思ったことも、一度や二度ではない。でも、私には死ぬことさえ許されない気がした。私が死んでしまったら、奏に与えられたこの『罰』から逃げることになる。
奏は、私に『生き地獄』を与えたのだ。
彼のことを、私の愚かな裏切りを、一生忘れずに、後悔の念に苛まれながら生きていけ、と。

だから、私は生きる。
色のない世界で、感情を失ったまま、ただ息をする。
毎晩、彼の幻影に苛まれ、自分の罪を噛み締めながら、朝を迎える。
それが、私にできる唯一の償いだから。

窓の外は、今日も晴れている。
でも、私の目に映る空は、どこまでも暗い鉛色だ。この空が、再び青く見える日は、もう二度とやってこないだろう。
私はベッドからゆっくりと体を起こし、机に向かう。そして、一枚の便箋を取り出した。宛名のない、届くはずのない手紙を、今日も書く。

『奏へ。
今日も、あなたを想っています。
ごめんなさい。
どうか、どこかで、あなたが幸せでありますように』

そう書いた文字が、ぽつりと落ちた雫で滲んでいく。枯れたはずの涙が、また私の頬を伝っていた。
この独白が、彼に届くことはない。
この罰に、終わりが来ることもない。
私は、この空っぽの部屋で、永遠に彼の幻影を追い続けるのだ。