第2話 歪んだ愛と破滅の計画
あの日の夜から、ユウキの日常は、まるで色を失ったかのように変わってしまった。いや、正確には、彼の心の中が、真っ黒な絵の具で塗り潰されてしまったのだ。リナへの告白を決意していたはずの心は、今や憎悪という名の毒に侵されていた。
登校中、隣を歩くリナは、いつものように屈託のない笑顔を向けてくる。
「ねぇ、ユウキ君。明日の小テスト、数学の参考書貸してくれない?昨日、図書館で借りようと思ったんだけど、全部貸し出し中だったの」
「ああ、いいよ。放課後、俺の机に入れとくよ」
ユウキは、努めて平静を装って答えた。リナのその無邪気な笑顔が、今のユウキには、耐えられないほど憎らしかった。あの時、生徒会室で耳にした、彼女の言葉が、脳内でリフレインする。「あいつは、何も知らないお人好しなんだから!」。その言葉が、まるで呪文のように、ユウキの心を蝕んでいく。
リナは、ユウキが自分に近づいてきたことを、純粋に喜んでいるようだった。彼女の瞳の奥には、ユウキへの淡い好意が、確かに揺らめいていた。しかし、同時に、過去の罪が露見するのではないかという恐怖も、確かに存在していた。ユウキの表情を窺うような、一瞬の不安げな眼差しが、彼女の完璧な仮面の下から、時折覗くことがあった。
その恐怖が、ユウキには痛いほど分かった。そして、その恐怖こそが、ユウキがリナを追い詰めるための、最大の武器になるだろうと確信した。
放課後、ユウキはリナの机に参考書を忍ばせると、一言だけ声をかけた。
「リナ、来週の生徒会室の飾り付け、手伝おうか?」
リナは、目を丸くしてユウキを見た。
「え?ユウキ君が?ありがとう!助かるわ」
彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見るたびに、ユウキの胸には、黒い塊が膨れ上がっていく。この笑顔を、絶望に変えてやる。そう、静かに心に誓った。
ユウキの復讐は、周到に、そして巧妙に計画された。彼はまず、リナの弱点を徹底的に洗い出した。リナは、完璧な生徒会長というイメージを何よりも大切にしている。そして、その完璧さを支えているのは、彼女が生徒たちの信頼を得ていること、そして、生徒会活動で実績を上げていることだった。
ユウキは、リナの生徒会での重要なプロジェクトを妨害することから始めた。
ある日、生徒会で企画している、学園祭でのチャリティーイベントの準備が進められていた。リナは、そのプロジェクトの責任者として、資金集めに奔走していた。ユウキは、チャリティーイベントの募金箱に細工を施し、募金額が実際よりも少なく見えるようにした。
「リナ、今日の募金額、これしかないのか?思ったより少ないな」
ユウキは、あえて募金箱の金額を指差しながら、リナに言った。リナの顔に、微かな焦りが浮かぶ。
「え?そんなはずは……。私も、もっと集まると思ったんだけど」
リナは、困惑した様子で募金箱を覗き込む。
「もしかして、みんな、チャリティーに興味ないのかな?」
ユウキは、わざとらしくため息をついて見せた。リナの表情が、さらに曇る。
「そんなことないわ。きっと、私の説明が足りないんだわ」
その日の生徒会会議で、募金額の少なさが問題になった。リナは、責任を感じて、必死に頭を下げた。
「私の力不足です。次からは、もっと工夫します」
ユウキは、その様子を冷めた目で見つめていた。彼の計画は、着実に進行していた。
次に、ユウキは、リナの信頼を失墜させるような情報を、密かに流し始めた。
学校の掲示板に、リナが生徒会費を私的に流用しているかのような、曖昧な文章が貼られた。もちろん、根も葉もない噂だったが、それを見た生徒たちは、ざわめき始めた。
「ねぇ、生徒会長って、生徒会費を自分のために使ってるって噂、本当なのかな?」
「え、そうなの?あんなに真面目そうなのに、意外だね」
そんなひそひそ話が、学園中に広がり始めた。リナは、その噂を知って、ひどく動揺した。
「ユウキ君、知ってる?私、生徒会費を私的に流用してるって噂が流れてるの」
リナの声は、震えていた。ユウキは、心配そうな顔をして、リナの隣に寄り添った。
「え?本当か?そんなひどい噂、誰が流したんだ?」
「分からない。でも、どうしてこんなことが……。私、そんなこと、絶対にしないわ」
リナは、今にも泣き出しそうな顔で、ユウキを見上げた。ユウキは、リナの肩をそっと抱き寄せた。
「大丈夫だよ、リナ。俺はリナのこと、信じてるから」
偽りの優しさが、リナの心を少しだけ安堵させたようだった。しかし、ユウキの心の中は、冷酷なまでに冷静だった。彼は、リナが苦しむ姿を見るたびに、胸の奥で、満足げな笑みを浮かべていた。
リナは、次々と起こるトラブルに困惑しながらも、生徒会長としての責任感から必死に対応した。彼女は、募金活動に力を入れ、生徒会費の使途を明確にするために、経理報告を細かく公開した。その努力によって、一度は揺らいだ生徒たちの信頼も、少しずつ回復していった。
しかし、ユウキの復讐は、止まらない。彼は、リナがどれだけ努力しても、どれだけ生徒たちの信頼を取り戻そうとしても、決して報われないことを知っていた。なぜなら、彼の復讐の最終目的は、リナの過去の罪を、白日の下に晒すことだったからだ。
「リナ、ごめん。今日、生徒会の手伝い、行けなくなった」
ユウキは、放課後、リナにメッセージを送った。リナからは、すぐに返信があった。
「え、そうなの?残念。何かあったの?」
「ちょっと、大事な用事ができたんだ。すぐ戻るから、また連絡する」
ユウキは、スマホをポケットにしまうと、人気のない旧校舎へと向かった。そこには、彼が復讐のために、密かに準備を進めてきた、ある「証拠」が隠されていた。
彼は、旧校舎の薄暗い一室で、古びた段ボール箱を開けた。その中には、中学校時代の卒業アルバムや、当時の生徒手帳、そして、何枚かの写真がしまわれていた。ユウキは、その中から、ある一枚の写真を取り出した。それは、中学校の校舎裏で、リナと数人の先輩たちが、ユウキを囲んで笑っている写真だった。そして、その写真の裏には、走り書きで、当時の日付と、「いじめ」という言葉が記されていた。
ユウキは、その写真をスマホで撮影した。そして、その写真と、当時のいじめに関する匿名の証言を、学園のSNSにアップロードした。
その投稿は、あっという間に拡散された。
「ねぇ、これ、生徒会長じゃない?」
「え、嘘でしょ?あの高瀬さんが、いじめの首謀者だったなんて」
学園中が、ざわめき始めた。ユウキは、SNSの投稿画面を見つめながら、冷たい笑みを浮かべた。
リナは、過去の罪が白日の下に晒され、完璧な生徒会長の仮面が剥がされ、生徒たちから糾弾されるだろう。そして、最も愛し、そして裏切ったユウキによって、すべてを奪われることを悟るだろう。
復讐は、始まったばかりだ。