幼馴染が浮気したので彼女の幸せを願って身を引いたら、なぜか学年一の美少女生徒会長に「ここからは私の番です」と溺愛されることになった

第8話 エピローグ2 私が壊した、当たり前の幸せ

季節は巡り、あれだけ賑やかだった文化祭も、もう遠い過去の出来事になった。カレンダーが最後のページをめくられる頃には、街はすっかり冬の装いだ。冷たい風が、コートの隙間から入り込んで、私の心をさらに冷たくさせる。

私の隣に、もう湊はいない。

その事実を、私は毎日、毎秒、突きつけられ続けている。
朝、登校する時。いつもなら、少し眠そうな顔をした湊が家の前で待っていてくれたのに、今は誰もいない。
教室で、隣の席は空席のままだ。彼は、白鷺氷華と付き合い始めてから、彼女のクラスに入り浸っているらしい。私と顔を合わせるのを、避けているのだろう。
昼休み、一人で食べるお弁当は、全く味がしない。中庭で、楽しそうに笑い合う湊と白鷺さんの姿が見えるたびに、胸が張り裂けそうになる。

「……詩織、大丈夫?」

友達が心配そうに声をかけてくれる。私は、力なく笑って「大丈夫だよ」と答えるしかできない。大丈夫なわけ、ないのに。

私が湊を振って、炎堂くんに乗り換えた。学校では、それが揺るぎない事実として扱われている。炎堂くんは、最初は面白がって私に付きまとっていたけれど、私が全く相手にしないので、すぐに興味を失って別の女の子のところへ行ってしまった。おかげで、私は「湊を捨てた挙句、新しい男にも捨てられた哀れな女」という、最悪の称号まで手に入れてしまった。

自業自得。その言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。
全部、私が悪かった。湊の優しさを当たり前だと思って、その大きさを理解しようともせず、自分のくだらない嫉妬心と独占欲で、彼を試すような真似をした。

『他に、本当に好きな人ができたの』

あの日の公園。あの言葉を口にした瞬間の、湊の顔が忘れられない。悲しみに揺れながらも、私の「幸せ」を願って、身を引いてくれた彼の、あまりにも優しすぎる決断。

『もう、君の言葉を信じることができないよ』

屋上で、泣きながら真実を訴えた私に、彼が告げた絶望的な言葉。私の嘘が、彼の心をどれだけ深く傷つけ、彼の中で私という存在をどれだけ歪めてしまったのかを、思い知らされた。

失って初めて、私は気づいたのだ。
湊が私の荷物を持ってくれるのは、当たり前じゃなかった。
私の些細な変化に気づいてくれるのは、当たり前じゃなかった。
私が落ち込んでいる時、黙って隣にいてくれるのは、当たり前じゃなかった。
私の全てを肯定し、世界で一番大切に想ってくれるのは、当たり前じゃなかった。

それらは全て、彼が私に向けてくれていた、かけがえのない愛情の形だった。私は、その宝物を、自分からドブに捨ててしまったのだ。

そして、その宝物は、いとも簡単に、別の誰かに拾われてしまった。

白鷺氷華。
彼女は、私が気づかなかった(あるいは、気づかないふりをしていた)湊の本当の価値を、ずっと前から理解していたのだろう。だからこそ、私が彼を手放した瞬間、一切の躊躇なく、彼を奪い去っていった。

彼女が湊に向ける、熱烈な愛情。
それに応え、少しずつ心を開いていく湊。
二人が一緒にいる姿は、正直、お似合いだと思ってしまう。それが、さらに私を苦しめる。

完璧な彼女の隣で、湊は、前よりも少しだけ自信に満ちた、穏やかな顔で笑うようになった。私が知らなかった、彼の新しい表情。それは、私が与えてあげられなかったもの。

冬休みが明け、三年生になるための進路相談の時期が来た。私は、廊下に張り出された志望校調査のプリントを、ぼんやりと眺めていた。

「湊は、どこの大学に行くのかな……」

無意識に、そんなことを考えてしまう。昔、二人で話したことがある。「同じ大学に行けたらいいね」って。笑いながら頷いてくれた、彼の顔を思い出す。もう、その未来は永遠に来ない。

ふと、隣に人の気配がして、顔を上げた。そこにいたのは、湊だった。
彼も、志望校のプリントを見に来たのだろう。目が合った瞬間、お互いに気まずい空気が流れる。彼が、さっと視線を逸らして、その場を去ろうとする。

「ま、待って!」

私は、ほとんど反射的に、彼の腕を掴んでいた。久しぶりに触れた彼の腕は、記憶の中よりも少しだけ、たくましくなったような気がした。

「湊……」
「……なんだよ」

彼は、私の方を見ようとしない。その声は、冷たく、硬い。

「あの……。その、元気?」

我ながら、馬鹿みたいな質問だと思った。もっと、言うべきことがあるだろうに。ごめんなさい、とか。まだ好きです、とか。でも、彼の拒絶を前にすると、そんな言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。

「……見ての通りだよ」

彼は短く答えると、私の手を振り払おうとした。

「離してくれ。氷華が、待ってるから」

氷華。
その名前を聞いただけで、また胸が痛む。そうだ。彼の時間は、もう私のものじゃない。彼の未来には、もう私がいない。

「……ごめん」

私は、力なく彼の手を離した。
彼は、もう一度私の方をちらりと見た。その瞳には、もう何の感情も映っていなかった。昔、私だけに向けてくれていた、あの温かい光は、どこにもない。ただ、知らない他人を見るような、空っぽの瞳。

そして、彼は私に背を向け、角を曲がって見えなくなった。その先には、きっと、笑顔で彼を待つ白鷺氷華がいるのだろう。

私は、その場に一人、取り残される。
廊下の冷たい空気が、やけに身にしみた。

私は、当たり前の幸せを、この手で壊した。
そして、その壊れた欠片を、拾い集めることさえ許されない。
ただ、遠くから、彼が別の誰かと幸せになっていく姿を、見つめ続けることしかできない。

これが、私の犯した罪に対する、罰なのだろう。
あまりにも重く、そして終わりの見えない罰。

涙が、また溢れてきた。
でも、もう、この涙を拭ってくれる優しい手は、どこにもない。

「……幸せに、なってね。湊」

誰に届くでもない言葉を、そっと呟く。
彼が幸せになること。それは、あの日の彼が私に願ってくれたことだ。皮肉にも、今度は私が、彼にそれを願う番になってしまった。

もう二度と交わることのない、二つの道。
私は、この終わらない後悔を抱えたまま、これからも一人で歩いていかなければならない。
彼がいない、灰色に色褪せた世界を。