幼馴染が浮気したので彼女の幸せを願って身を引いたら、なぜか学年一の美少女生徒会長に「ここからは私の番です」と溺愛されることになった

第7話 エピローグ1 隣に咲く、白銀の華

あれから、数ヶ月の季節が巡った。あれほど騒がしかった文化祭の熱気も、今では遠い記憶の彼方だ。校庭の木々が赤や黄色に色づき始め、吹き抜ける風が肌寒さを運んでくる。俺の隣には、いつの間にか、白銀の華のような彼女がいることが当たり前になっていた。

「湊くん、はい、あーん」
「いや、だから自分で食べれるって!」
「いいから、あーん」

昼休みの中庭。ベンチに腰掛ける俺の口元に、彼女――白鷺氷華が、弁当箱から卵焼きを一切れ、箸で運んでくる。俺が観念して口を開けると、彼女は満足そうに微笑んだ。

付き合い始めてから分かったことだが、この才色兼備で完璧超人の生徒会長は、意外と甘えたがりで、そして、かなりのやきもち焼きだった。

「もう……人が見てるだろ」
「見ていればいいじゃないですか。藍月湊は私の恋人なのだと、全校生徒に知らしめる良い機会です」

そう言って、彼女は俺の腕に自分の腕を絡め、肩にこてんと頭を乗せてくる。周囲から「うわー、生徒会長が……」「藍月、爆発しろ」なんていう声が聞こえてくるが、もう慣れた。というか、氷華が全く気にしていないので、俺が気にしても仕方がないのだ。

氷華と付き合うようになって、俺の世界は一変した。今まで、俺は自分のことを、何の取り柄もない平凡な人間だと思っていた。でも、彼女は違った。

「湊くんのそういう、誰にでも優しいところが、私は好きなのですよ」
「でも、そのせいで響木さんを不安にさせたんじゃ……」
「それは違います。悪いのは、あなたの優しさに胡坐をかいていた彼女の方です。あなたは、何も悪くありません」

俺が自分の短所だと思っていた部分を、彼女は長所だと言ってくれる。俺が過去の過ちを引きずっていると、彼女は力強くそれを否定してくれる。彼女と一緒にいると、俺は自分に少しだけ、自信が持てるような気がした。

ふと、視線を感じて顔を上げると、校舎の二階の窓から、こちらを見ている人影があった。響木詩織だった。目が合った瞬間、彼女は慌てて身を隠したが、その寂しそうな表情は、はっきりと見えてしまった。

あの日、屋上で彼女を突き放してから、俺たちはほとんど口を利いていない。彼女は何度も俺に話しかけようとしてきたが、その度に氷華に阻まれたり、俺自身が避けてしまったりしていた。

今でも、時々考える。俺のあの時の選択は、正しかったのだろうか、と。
彼女の涙は、本物だった。後悔も、本心だったのだろう。それを信じてやれなかった俺は、冷たい人間だったのかもしれない。

「……湊くん?」

俺が黙り込んだことに気づいたのか、氷華が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「どうかしましたか? 響木さんのことが、まだ……」
「ううん、違うんだ」

俺は彼女の不安を打ち消すように、穏やかに微笑んだ。

「ただ、俺は詩織の幸せを願うって、あの時決めたんだなって、ちょっと思い出してただけだよ」

そう。あの日の俺の決意は、本物だった。彼女が誰かと幸せになることを、心から願った。その相手が、俺が想像していた炎堂ではなかったというだけの話だ。俺が彼女にしてやれることは、もう何もない。俺が彼女の隣に戻ることが、彼女にとっての幸せではないことだけは、確かだからだ。

俺の心は、もう揺れることはない。あの日の痛みと決意は、恋ではなく、遠い過去への手向けとして、胸の奥にそっとしまっておくだけだ。

「そう……ですか」

俺の言葉に、氷華は少しだけ安心したように息をつくと、ぎゅっと、さらに強く俺の腕に抱きついてきた。

「なら、いいです。湊くんの隣は、私の場所ですから。誰にも渡しません」

その独占欲むき出しの言葉が、今はとても愛おしく感じられる。俺は彼女の頭を、そっと撫でた。柔らかい髪の感触が、指先に心地いい。

放課後、俺たちはいつものように生徒会室で、二人きりの時間を過ごしていた。と言っても、大半は氷華が仕事をし、俺はその隣で本を読んでいるだけなのだが。

静寂を破ったのは、氷華の方だった。

「ねえ、湊くん」

顔を上げた俺に、彼女は少しだけ真面目な顔で問いかけた。

「どうして、私のことを好きになってくれたんですか?」

それは、付き合い始めてから、ずっと聞かれていなかった質問だった。
どうしてだろう。
彼女は、綺麗だ。頭も良くて、運動もできる。誰からも憧れられる、完璧な存在。そんな彼女に告白されて、舞い上がらなかったと言えば嘘になる。

でも、俺が本当に彼女に惹かれた理由は、そんな表面的なことじゃない。

俺は、読んでいた本を閉じ、まっすぐに彼女の透き通るような瞳を見つめ返した。

「氷華が、俺のことを見つけてくれたからだよ」
「……見つけてくれた?」
「うん。詩織と別れて、俺が独りぼっちで、自分が空っぽみたいに感じてた時に……。氷華は、ちゃんと俺のことを見て、俺っていう人間を必要としてくれた。過去の俺じゃなくて、今の俺を、まっすぐに見てくれたんだ」

詩織との関係は、幼馴染という長い歴史の上に成り立っていた。それは尊いものだったけれど、いつしか「当たり前」になり、お互いを見つめ直すことを忘れていたのかもしれない。

でも、氷華は違った。彼女は、何の前提もない、ただの藍月湊という人間そのものを見つめ、評価し、そして好きだと言ってくれた。その事実が、傷ついていた俺の心を、どれだけ救ってくれたことか。

「俺は、氷華が俺を好きだと言ってくれたみたいに、自信を持って氷華のことが好きだとは、まだ言えないかもしれない。俺は、君みたいに完璧じゃないから」

俺は一度言葉を切り、そして、今、心の中にある一番素直な気持ちを、彼女に伝える。

「でも、俺の隣にいてほしいって、心の底から思う。君が笑うと嬉しいし、君が悲しいと、俺も悲しい。君が俺の腕にこうしてると、すごく安心する。……こういうのを、好きって言うのかな」

不器用な、告白にもならないような言葉。でも、それが今の俺の精一杯だった。

俺の言葉を聞き終えた氷華は、しばらく黙って瞬きを繰り返していたが、やがてその大きな瞳から、ぽろり、と一筋の涙をこぼした。

「えっ、ひ、氷華!? なんで泣くんだ!?」

俺が慌てふためいていると、彼女は首を横に振って、最高の笑顔を浮かべた。それは、生徒会長としての完璧な微笑みではなく、ただ一人の恋する少女としての、無防備で、愛らしい笑顔だった。

「……嬉しいんです。湊くんが、私と同じ気持ちでいてくれて」

そう言うと、彼女は椅子から立ち上がり、俺の前に回り込む。そして、俺の首にそっと腕を回し、その顔をゆっくりと近づけてきた。

夕日が差し込む生徒会室。オレンジ色の光が、彼女の銀色の光沢を放つ黒髪を、キラキラと照らし出す。

「湊くん。大好きです」

吐息がかかるほどの至近距離で囁かれた、甘い言葉。
俺はもう、何も考えることができなかった。ただ、目の前の美しい少女に吸い寄せられるように、そっと目を閉じる。

二人の影が、夕日の中でゆっくりと一つに重なっていく。
失われた恋の痛みは、まだ完全には消えていないかもしれない。でも、この温かい唇の感触と、胸を満たす確かな愛情が、いつかその傷を、優しく癒してくれるだろう。

俺の隣には、もう太陽はいない。
でも、静かに、そして力強く輝く、白銀の華が咲いている。
俺は、この華を、一生かけて大切にしていこう。

心の中で、そう固く誓った。