浮気された俺が絶望すると思ったか? 残念、お前の贅沢な日常は俺が作った“作り物”だ。――全てを剥奪された元カノと間男に贈る、最悪のハッピーエンド

第8話 エピローグ 廃園に咲く徒花と、新世界への序曲

五年の月日が流れた。
東京の街並みは絶えず変化を続けているが、夜空を彩るネオンの輝きだけは変わらない。
私は今、かつて神代瑠璃花と住んでいたタワーマンションよりも遥かに高い場所、地上六十階にある自身のオフィスにいた。

「旭さん、本日のチャリティ・ガラパーティーの最終確認です。一条院美琴様はすでにお召し替えを終え、会場へ向かわれました」

背後から聞こえる凪沙の声は、五年前よりも少しだけ柔らかみを帯びているように感じる。
彼女は今や、私の会社の副社長として、数千人規模のエージェントを束ねる存在となっていた。

「ありがとう、凪沙。彼女のドレスは、例の『奇跡の絹』を使ったものだね?」

「はい。あなたが数年前から投資していた養蚕農家から提供された、世界で唯一の素材です。今夜、彼女は本当の意味で、この国のファッション界の頂点に君臨することになります」

私はゆっくりと立ち上がり、全面ガラス張りの壁際へ歩み寄った。
足元に広がる街の灯りは、まるで誰かが箱の中にぶちまけた宝石のようだ。
かつての私は、この景色を「誰かのために」作っていた。
しかし今は、この景色そのものが私の意志によってデザインされている。

「……凪沙。ふと思い出したんだが。あの二人は今、どうしているかな」

「あの二人……神代瑠璃花と、皇凱旋のことですか?」

凪沙がタブレットの画面を数回操作する。
彼女は、私が何も言わなくても、過去に私が手掛けた、あるいは私が「壊した」人間たちの動向を逐次監視し続けている。
それが、ライフ・プロデューサーとしての、完璧な事後管理(アフターケア)だ。

「記録を表示します。まず、皇凱旋について」

凪沙が空中にホログラム映像を投影した。
そこに映し出されたのは、異国の地、東南アジアの湿地帯にある小規模な不法採掘場だった。
泥水に浸かり、痩せ細った一人の男が、錆びたスコップを必死に動かしている。
かつて仕立ての良いスーツに身を包み、自信満々に嘘を吐いていた男の面影は、どこにもなかった。

「彼は現在、現地の犯罪組織が運営する強制労働施設にいます。彼が詐欺で巻き上げた資金の多くは、旭さんが裏で手を回した慈善団体へ寄付されるよう設定しました。彼は死ぬまでその負債を返すことはできませんが、彼の労働は、現地の孤児院の運営費の一部となっています。ある意味で、彼は人生で初めて、社会の役に立っていると言えるでしょう」

「……皮肉なものだね。あんなに自分のためにしか動けなかった男が、今は見知らぬ子供たちのために泥を掻いているとは」

皇凱旋の左腕には、かつてのロレックスの代わりに、身元を管理するための安っぽい金属のタグが食い込んでいた。
彼は時折、空を仰いで何かを呟く。
凪沙が音声を拾う。
『……俺は……天才なんだ……こんなところに……いるはずが……』
その瞳には、すでに理性の光は宿っておらず、ただ過去の虚栄に縋り付く狂気だけが揺れていた。

「次に、神代瑠璃花について」

画面が切り替わる。
映し出されたのは、都心から少し離れた工業地帯にある、深夜の倉庫だった。
山のように積まれた段ボール。その影で、一人の女性が黙々と作業をこなしている。
防寒着を着込み、頭には地味なタオルを巻いたその女性。
かつてインフルエンサーとして、何十万人の女性が憧れた「女神」の成れの果て。

「彼女は複数の日雇い派遣を掛け持ちし、現在は深夜の物流倉庫で働いています。彼女がかつて愛用していた美容液やサプリメントの提供は、すべて差し止められています。ご存じの通り、旭さんが彼女に処方していたのは、彼女の体質を劇的に変える代償として、継続的なメンテナンスを必要とする特殊なものでした」

画面がアップになる。
彼女の顔は、驚くほど老け込んでいた。
かつてのきめ細やかな肌は、今やカサカサに乾き、シミとシワが刻まれている。
旭が処方していた「美」の魔法が解けた彼女の肉体は、実年齢よりも十歳以上も老いた、惨めな老婆のようにさえ見えた。

「彼女の借金は、利息を含めて着実に増えています。彼女がかつて自腹だと思い込んで使っていたブラックカードの負債。そして、パーティー会場の損害賠償。……彼女の月収の八割は、自動的に返済口座へと吸い込まれる仕組みです。彼女が口にできるのは、賞味期限切れのコンビニ弁当か、一袋数十円の袋麺だけです」

画面の中の瑠璃花が、作業の手を止め、ふと壁に貼られた古びた雑誌の切り抜きを見つめた。
そこには、五年前、彼女が最も輝いていた頃のグラビア写真が載っていた。
彼女は震える指でその写真に触れようとしたが、汚れにまみれた自分の手を見て、力なく下ろした。

『……旭……助けて……』

マイクが拾った彼女の声は、風前の灯火のように細かった。
彼女は今でも、奇跡が起きるのを待っているのだろう。
ある日突然、旭が白馬に乗って現れ、「これはすべて君を試すための試練だったんだ」と言って、再びタワーマンションへと連れ戻してくれる。
そんな、三流のロマンス小説のような結末を、彼女は夢見ているのだ。

「……もう、彼女を監視する必要はないよ、凪沙」

私は静かに告げた。
復讐とは、相手を死に追いやることではない。
相手が生きたいと願い、かつての栄光を追い求めながら、二度とそれに手が届かない絶望を一生味わわせることだ。
彼女はこれから数十年、自分が捨てた「幸福」の大きさを反芻しながら、泥の中で這いずり回ることになる。
それが、神代瑠璃花という作品の、完結した姿だ。

「承知しました。彼女の監視ログは、本日の日付をもってアーカイブへ移動します。……旭さん、そろそろ時間です。美琴様がお待ちです」

凪沙がドアを開ける。
私は漆黒のジャケットを羽織り、鏡の前に立った。
そこには、かつての「冴えない男」の面影は微塵もない。
自らの力で世界を望む形に作り変え、本物の富と権力を手に入れた、真の「プロデューサー」としての私がいた。

パーティー会場は、五年前のあの夜と同じホテルの、さらに上の階で開催されていた。
集まっているのは、政財界の重鎮や、世界的なアーティストたち。
会場の入り口で、一条院美琴が待っていた。
彼女は、凪沙が言った通り、あの「奇跡の絹」を纏い、月明かりを凝縮したような神々しい輝きを放っている。

「遅かったわね、旭。主役を待たせるなんて、プロデューサー失格よ?」

美琴が茶目っ気たっぷりに微笑み、私の腕に自分の腕を絡めた。
彼女の肌は、瑠璃花のような「作られた人工物」ではない。
彼女自身の知性と、努力と、そして私との信頼関係によって磨かれた、本物の宝石の輝きだ。

「申し訳ありません、美琴様。……少し、過去の整理をしていたもので」

「過去? ああ、あのおもちゃたちのことかしら。まだ気にしていたの? 意外と未練がましいのね」

「未練ではありませんよ。……ただ、自分の作品がどう朽ちていくかを確認するのは、プロフェッショナルの義務ですから」

私たちは談笑しながら、会場の最前列へと歩みを進める。
会場中の人々が、私たちを見て息を呑む。
称賛、羨望、畏怖。
五年前、瑠璃花が欲しがって、そして偽物の力でしか手に入れられなかったものが、ここには本物として存在している。

「旭。私、最近思うの」

美琴が私の耳元で囁いた。

「もし、あの時あなたが私を選んでくれなかったら……。私も、あの女のように、自分の愚かさに気づかないまま、誰かに食い潰されていたかもしれないって」

「それはあり得ません。あなたは、彼女とは本質が違う。……あなたは、自分を変える勇気を持っていた。彼女は、与えられることに胡座をかいていただけだ」

私は美琴の瞳を見つめた。
そこには、かつて瑠璃花をプロデュースしていたときには決して感じることのなかった、魂の共鳴があった。
私は彼女を操っているのではない。
彼女という最高の素材を、私が調律し、共に新しい世界を奏でているのだ。

「……さあ、始めましょうか、旭。私たちの新しい物語を」

美琴の言葉と共に、会場の照明が落ち、スポットライトが私たちを照らし出す。
割れんばかりの拍手。
それは、偽物の演出ではない。
私たちがこの五年間で築き上げてきた、確固たる実績と信頼がもたらした、真実の響きだ。

その喧騒の中で、私はふと、遠い街の片隅にいるであろう女性に思いを馳せた。

瑠璃花。
君は今、どんな夢を見ているだろうか。
君が愛した私は、もうどこにもいない。
君が欲しがった富も、名声も、すべては私の指先一つで消えてなくなる「幻想」だった。

君はこれから、一生をかけて学ぶことになる。
愛とは、与えられるものではなく、共に育むものだということを。
そして、一度失った信頼は、どんなに美しい宝石を積んでも二度と買い戻せないということを。

「……旭? どうかしたの?」

美琴が不思議そうに私の顔を覗き込む。
私は微笑んで、彼女の手を優しく握り締めた。

「いいえ、何でもありません。……ただ、今この瞬間が、あまりにも完璧だと思っただけですよ」

パーティーは夜更けまで続き、私たちは新しいビジネス、新しい未来についての対話を重ねた。
かつての裏切りも、復讐も、今となっては私の人生という壮大な物語の中の、ほんの一節に過ぎない。
私はもう、後ろを振り返ることはない。

会場の外。
雨が上がった東京の空には、薄い雲の切れ間から、本物の星が輝き始めていた。
それは、どんなに精巧に作られたプロジェクション・マッピングよりも、ずっと静かで、力強い光。

私は、美琴と共にその光を見上げた。
隣にいる凪沙も、静かに空を見つめている。

「旭さん。次のプロジェクト、準備はできています。……今度は、ヨーロッパの王室から依頼が来ていますよ」

凪沙がタブレットを見せながら、淡々と告げる。

「ああ、分かっている。……行こう、凪沙。美琴様」

私は、愛するパートナーたちと共に、新しいステージへと歩み出した。
背後で、パーティーの華やかな音楽が、祝祭の終わりのように遠ざかっていく。

かつて私を裏切り、嘲笑った者たちは、もう私の視界には入らない。
彼らは、私が作り上げた世界の隅っこで、静かに朽ち果てていけばいい。
それが、彼らに相応しい、唯一無二のエンディングなのだから。

私はもう、地味なエンジニアではない。
そして、誰かのためのATMでもない。
私は、十文字旭。
自らの手で人生を、運命を、そして世界をデザインする、真の支配者。

新しい夜が明ける。
その光は、過去の影をすべて焼き払い、私の前に、無限に広がる可能性の道を照らし出していた。