「あなたじゃもう満足できない」と捨てられた僕が、すべてを失った君に「もう何でもない人だ」と告げるまで

第3話

蓮の言葉が、僕の心に冷たい墨を落としてから数週間が経った。僕の心は、美咲に関する一切の感情を凍結させたまま、平穏とは言えないものの、静かな日々を送っていた。学校には相変わらず一人で通い、誰とも言葉を交わさず、ただ時間をやり過ごす。

しかし、そんな僕の耳にも、蓮に関する新たな噂が届くようになった。最初は漠然としたものだった。蓮が、最近別のクラスの女子と仲良くしているとか、放課後、いつも一緒にいる美咲の姿が見えないとか。

僕は、それらの噂に何の興味も抱かなかった。美咲がどうなろうと、蓮がどうなろうと、僕には関係ない。そう、自分に言い聞かせた。

だけど、人の噂というものは、炎のように燃え広がり、やがては真実の形を炙り出す。
ある日、女子生徒たちがトイレで話している声が、僕の耳に飛び込んできた。

「ねえ、知ってる? 蓮くん、美咲のこと、もう飽きたんだって」

「え、マジで!? やっぱり蓮くんって、そういう人なんだ」

「だってさ、最近、1年生のあの子とばっかりいるじゃん? 美咲ちゃん、振られたらしいよ」

「うわー、まじか。悠真くん捨てて、蓮くんに乗り換えたのに、結局捨てられたってこと?」

「自業自得だよね。あんなに優しい悠真くんを裏切ったんだもん。罰が当たったんだよ」

彼女たちの言葉は、僕の耳にまるで遠い国の話のように響いた。美咲が、蓮に捨てられた。その事実に、僕の心は微動だにしなかった。かつて僕を深く傷つけた、あの冷たい言葉の記憶が、僕の感情をすべて凍らせていたからだ。

僕が知る限り、蓮は学園のカリスマだった。誰もが彼を羨み、彼の行動に注目していた。そんな彼が、特定の女子とばかり親密な関係を続けるはずがない。彼は、あらゆる女子から承認と羨望を集めることに長けていた。美咲は、その彼の本質を理解していなかったのだ。自分だけが特別だと、勘違いしていた。

それから数日のうちに、美咲の周りの環境は、見る見るうちに変わっていった。以前は、彼女の周りにはいつも人だかりができていた。昼休みには友人たちと楽しそうに笑い、放課後には蓮と肩を並べて歩いていた。しかし、今、美咲の隣には誰もいない。彼女は、教室の隅で、一人うつむいて座っていることが多くなった。

美咲の笑顔は、消え去っていた。かつて彼女が放っていたまばゆい輝きは、まるで光を失った星のように、陰鬱な色に染まっていた。彼女の顔には、憔悴と、どこか怯えのようなものが浮かんでいた。

昼食の時間、美咲は、いつものように友人たちとテーブルを囲もうとした。けれど、彼女が近づくと、友人たちは、まるで示し合わせたかのように、席を立つか、視線を逸らした。

「ごめん、美咲。今日、ちょっと急ぐから」

「私、購買に用事があるんだ」

そう言って、彼女たちは美咲から距離を置いた。美咲は、呆然とした表情で、一人残されたテーブルを見つめていた。その姿は、あまりにも寂しげで、僕の心に何の感情も湧かないはずなのに、なぜか一瞬、胸が締め付けられるような感覚がした。それは、同情とは違う、ただの事実の認識だったのかもしれない。

美咲は、人気者としての地位を完全に失った。彼女の華やかな日々は、蓮が去ったと同時に終わりを告げたのだ。かつて彼女を称賛していたクラスメイトたちは、今や彼女を「悠真を裏切った挙句、捨てられた」と陰口を叩く対象としか見ていなかった。

僕の耳にも、そんな陰口が届く。

「ざまぁみろ、って感じだよね」

「あんなに悠真くんを傷つけたんだから、当然の報いだよ」

僕は、彼女たちの言葉に、特に何の感情も抱かなかった。僕は、もはや美咲に何の感情も抱いていなかったからだ。彼女の凋落は、僕にとって、ただの遠い出来事だった。僕の心は、冷たく、そして静かだった。

ある日の放課後、僕が部活動の練習を終えて教室に戻ると、美咲が僕の席の近くで、立ち尽くしているのが見えた。彼女の視線は、まるで何かを訴えかけるように、僕の背中に向けられていた。僕は、彼女の存在を認識しながらも、何も言わずに自分の荷物をまとめ始めた。

美咲は、僕に話しかけようと、何度か口を開きかけたようだった。けれど、言葉が出てこないのか、それとも何を話せばいいのか分からないのか、彼女はただ、唇を震わせるだけだった。

僕は、美咲の存在を、まるで透明な空気のように扱うことに慣れてしまっていた。彼女の苦しげな表情も、僕の心には届かない。僕は、リュックを肩にかけ、教室のドアへと向かった。美咲は、僕の背中を、悲痛な眼差しで見つめていた。

その時、初めて、美咲は自身の過ちの大きさを実感したのかもしれない。僕の隣にいることが、どれだけ温かく、どれだけかけがえのないものだったのか。華やかな世界に目を奪われ、僕を軽んじた代償が、あまりにも大きすぎたことに、彼女は今、気づいたのだ。

だが、もう遅い。
僕の心は、美咲との関係を、完全に過去のものとして切り捨てていた。