第12話 エピローグ:残された空白
あれから、もう五年が経つ。
あの日、美咲と離婚届を交わし、彼女は俺の前から姿を消した。斎藤という男も、まるで初めから存在しなかったかのように、この街から消え去った。俺の復讐は、完璧に達成されたはずだった。彼らは俺に与えた苦しみと同等か、それ以上の絶望を味わっただろう。
しかし、俺の心には、何も残らなかった。あの時の高揚感も、憎悪も、いつの間にか乾いた砂のように消え去っていた。残されたのは、ただの空白。ぽっかりと空いた、埋めようのない穴だった。
仕事は相変わらず忙しい。五年経っても、俺の肩書きは変わらない。収入も増え、以前よりも広いマンションに住んでいる。世間から見れば、相変わらず「勝ち組」なのかもしれない。だが、俺の日常は、以前よりもずっと静かで、そして冷たい。
朝、目覚めても、隣に美咲はいない。コーヒーを淹れてくれることも、焼きたてのパンの匂いがすることもない。夕食は、コンビニで買った弁当か、外食で済ます。休日は、ジムに行くか、一人で映画を見るか。会話をする相手も、心を開ける相手もいない。
美咲と暮らしていた頃の生活は、まるで遠い昔の夢のようだ。彼女の笑顔、優しい声、温かい手。それら全てが、今となっては幻だったかのように、朧げな記憶として残っているだけだ。俺が、彼女を裏切り、彼女の全てを奪ったことを、この五年間、忘れたことはない。だが、その行為が、俺自身にも、これほどまでの虚無感を与えるとは、想像していなかった。
一度だけ、美咲の旅館があった場所を訪れたことがある。古い建物はすっかり取り壊され、真新しいマンションが建っていた。美咲の実家が営んでいた面影は、どこにも残っていなかった。彼女は、本当に全てを失ったのだと、改めて突きつけられた気がした。彼女の心にも、俺と同じように、埋めることのできない空白が残っているのだろうか。
斎藤のことも、時折、思い出す。彼もまた、俺と同じように、失ったものの大きさに苛まれているのだろうか。それとも、彼は俺とは違い、新しい人生を歩み始めているのだろうか。知る由もないし、知りたいとも思わない。
復讐は、何も生み出さない。ただ、両者を深く傷つけるだけだ。俺は、そのことを身をもって知った。しかし、もう遅い。引き返すことはできない。俺の選択は、あまりにも大きな代償を伴うものだった。
俺の物語は、とてつもないバッドエンドだった。完璧な日常は、脆くも崩れ去り、その破片は、今も俺の心臓に突き刺さったままだ。俺は、この残された空白を抱えながら、これからも生きていくだけだ。