サレ夫の俺が仕掛けた、甘くも残酷な復讐劇

第7話 (美咲視点)第二話:甘い罠の結末

斎藤さんと過ごす時間は、私にとって唯一の現実逃避だった。健太との生活で感じる息苦しさから、彼といる時だけは解放されたような気がした。彼の穏やかな眼差し、私の話を遮らずに聞いてくれる優しさ。それらが、私の心を少しずつ蝕んでいく甘い毒だった。

携帯電話は、私と斎藤さんを繋ぐ唯一のツールだった。健太の目が届かないように、常に肌身離さず持ち歩き、彼からのメッセージが届けば、すぐに席を立って返信した。健太が私を心配してくれないのは、私が彼の期待に応えられないからだと、自分に言い聞かせていた。でも、斎藤さんは、何も求めない。ただ、私の気持ちに寄り添ってくれるだけだった。

ある週末、私は健太に「友達とランチ」と嘘をつき、斎藤さんと会った。カフェの窓から差し込む光が、彼と私を優しく包んでいた。他愛のない会話、時折触れる指先。その瞬間の私は、この幸せが永遠に続くような錯覚に陥っていた。

「美咲さんといると、本当に心が落ち着きます」

斎藤さんの言葉に、私の心は震えた。健太からは、もうずっと、そんな言葉を聞いていなかった。私は、この甘い言葉に酔いしれ、さらに深く彼の罠にはまっていった。

その日、私たちはカフェを出て、街をぶらぶらと歩いた。ウィンドウショッピングを楽しみ、笑い合った。その光景は、健太と私が以前よくしていたデートと、何も変わらなかった。いいえ、むしろ、健太といる時よりも、私は心から笑っていたかもしれない。

その時、ふと、健太の視線を感じたような気がした。振り返ってみても、そこに彼の姿はなかったけれど、私の心臓は嫌な音を立てていた。悪い予感が、胸の奥底でざわめいていた。

それでも、私は斎藤さんとの関係を断ち切ることができなかった。彼といる時の私の方が、本当の自分のような気がしたから。健太の前では、いつも「良い妻」を演じなければならなかった。でも、斎藤さんの前では、私のありのままの姿を受け入れてもらえた。

そんな日々が続く中で、私は少しずつ、健太の視線から逃れるようになった。彼が家にいる時は、用事を作って外出したり、寝たふりをして会話を避けたり。健太が私に何かを尋ねようとすると、私の心は常に警戒態勢に入った。

そして、あの電話。

斎藤さんからかかってきた電話だった。彼は、どこか焦ったような声で、私に告げた。

「美咲さん、健太さんに全部話しました」

その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。まるで、世界がひっくり返ったような衝撃だった。まさか、斎藤さんが健太に話すなんて。何を、どこまで話したのか。私はパニックに陥った。

斎藤さんは、私の戸惑いをよそに、淡々と続けた。

「健太さんが、あなたのことを大切にしていないように見えたから。あなたがどれだけ寂しがっていたか、彼に伝えたかったんです」

彼の言葉は、まるで他人事のようだった。私を思ってのことだと言いながら、彼の声には、私を深く傷つけることへの躊躇が、微塵も感じられなかった。

私は、すぐに健太に電話をかけた。しかし、彼は出なかった。メールを送っても、返信はない。彼は、きっと私を許さないだろう。そう思うと、体の震えが止まらなかった。

私は、健太から逃げるように、実家に帰った。両親には、健太と喧嘩したとだけ伝えた。心のどこかで、健太が私を追いかけてきてくれることを期待していたのかもしれない。私を許して、もう一度やり直したいと言ってくれることを。

でも、健太からは何の連絡もなかった。その沈黙が、私をさらに追い詰めた。私は、斎藤さんの言葉に、そして自分の甘さに、深く後悔し始めていた。

斎藤さんからも、しばらく連絡はなかった。私が何度も電話をしても、メッセージを送っても、返事は返ってこない。彼は、私を健太に「売った」後、用済みになった私を捨てるように、連絡を絶ったのだ。

私は、実家で毎日、健太からの連絡を待った。しかし、私の携帯が鳴ることはなかった。私の罪悪感は、日々大きくなっていった。健太に、どれだけひどいことをしてしまったのだろう。彼を、どれだけ深く傷つけてしまったのだろう。

そして、ある日、健太が突然、実家の旅館に現れた。宿泊客を装って。

彼の姿を見た瞬間、私の体は硬直した。彼の目には、以前のような優しさはなく、冷たい光が宿っていた。私は、彼が何を企んでいるのか、直感的に悟った。

その夜、健太に呼び出され、旅館の裏庭で彼と対峙した。彼の口から語られた言葉は、私を奈落の底に突き落とすものだった。

斎藤さんが婚約者に捨てられたこと。彼の会社での立場が危うくなっていること。そして、その原因が、私との不倫関係であることを。

「お前が俺に与えた苦しみを、今度は君が味わう番だ」

健太の言葉は、まるで呪いのように私の心に突き刺さった。私のせいで、斎藤さんは全てを失った。そして、私もまた、彼に全てを奪われることになる。

そして、健太は、私の旅館を狙うと言った。私の実家、私の居場所。この旅館は、私が唯一、健太に裏切りの償いができる場所だと思っていたのに。

私の愚かな行動が、全てを壊してしまった。私の寂しさ、わがままが、健太を傷つけ、斎藤さんを破滅させ、そして、私自身の大切なものまでをも破壊しようとしている。

私は、その場に崩れ落ちた。後悔の念が、津波のように押し寄せてきた。もう、引き返すことはできない。私の選択は、あまりにも大きな代償を伴うものだった。